このページは谷津坂屋・橋本康二さんのご厚意により、ホームページ「横浜・能見台のそば屋です」より転載させて いただいております。

1996.6.11

蕎麦を楽しむ

ざるそばを10倍楽しむ法


さる高名な江戸っ子が、いまわの際に一言。「一度でいいから、汁をたっぷりつけて蕎麦を喰いたかった…」。

江戸っ子は、蕎麦にほんのちょっとだけ汁をつけ、一気にすすりこむのが「粋」とされていました。それを皮肉って、本当はいろんな食べ方をしたっていいじゃんか、という有名な逸話です。


体験的蕎麦喰い法

気楽に食べられるのが、蕎麦のいいところですが、どうせお金を払って食べるからには、それなりに楽しんだ方がいいではないですか。そこで、 筆者が蕎麦を食べ歩く時、初めての店で、そばを楽しむ為の10の方法をご紹介しましょう。


其の1.第一印象を楽しむ。

40数年生きてくると、初対面の相手の第一印象で、その人がどんな人か、好きか嫌いかといった判断が出来るようになってくるものです。店でも同じです。外観で、大体その店の性格と蕎麦の味、自分の好みに合うか否かがわかるものです。だから最近では、余程興味をそそられるような店でなければ入る気になりませんが…。

さて、ちょっと気になる店に出会ったとしましょう。どんな店かは、おおよそ見当はつきます。楽しみの一つは、ここから始まります。自分の予測と、実際の体験との当たり外れを楽しむのです。(ちょっとひねくれた楽しみ方かな)

其の2.接客の対応を楽しむ。

神田の藪そばの暖簾(のれん)をくぐると、「いらっしゃいまし〜」と、尻上がりの透き通った声が唱和されます。これは慣れないと気恥ずかしい位です。こちらの人数を告げると、席に案内してくれます。お客の人数、風体、どんな注文がありそうか(ゆっくりしたいのか、急いでいるのか)等を瞬時に判断し、席の効率を考えながら、例え相席でも不愉快にさせないように案内するのが、花番さん(客席係)の腕の見せ所です。

「てやんでい、お大尽じゃあるめいし、そんなお節介はまっぴら御免でぃ」、という下町っ子は、同じ神田の蕎麦屋でも”まつや”の方を好むようです。どちらがいい蕎麦屋というわけでなく、要はその人の好みなのです。

其の3.品選びを楽しむ。

初めての店で新しい発見を求めたいのなら、その店で「一番売れている品」を注文するのが正解です。よく、「何がお勧め?」と尋ねるお客様が多いのですが、店にとって「売りたい品」と、いつもその店に通っているお客様の大多数が「この店ではこれがいい」という品は、違うことがあるのです。

あるいは純粋にその店の力量を判断したいなら、天ざるを注文します。天ざるを食べれば、その店の全てがわかると思うからです。

注文の品を調理場に告げる符牒も、蕎麦屋独特のものがあります。他の人の注文も、符牒からその内容を想像したりして楽しめるですが、最近では、パートさんバイトさんが多いので、符牒は使わなくなりつつあります。

其の4.蕎麦が出てくる間を楽しむ。

冷蔵庫もガス釜も無かった昔、蕎麦は注文の度に粉に水を加える所から作り始めていたそうです。当然時間も掛かりますので、お客は世間話をしながら、お酒をちびりちびりと楽しんでいました。お酒の後の蕎麦が、また何故か美味しいのです。戦後、いち早く店にテレビを置いたのも、蕎麦屋だったような気がします。蕎麦は本来今で言うスナック的な食べ物ですから、本当はお客さんは待ちたくないのですね。待ち時間を、何とか短く感じてもらおうと、酒も出したしテレビも見せて、新聞雑誌の類を置いたりもしたのでしょう。茹で置きの駅の立ち食い蕎麦は別として、世間のイメージに反して蕎麦は時間が掛かる食べ物なのです。だから、店によっては、待ち時間の慰みに店の雰囲気を良くしようとして、内装や装飾品に金を掛け、結果、値段が高い蕎麦、「嗜好品としての蕎麦」になってしまったりするのです。てな事を思・考しながら蕎麦を待つのもまた、オツなものです。

其の5.器を楽しむ。

話は前後しますが、席に着くとお茶か水が出されます。老舗の中にはお茶のタンニンが蕎麦の味を分からなくさせるし、先に何も口に含まない方が蕎麦の味がよくわかるから、と、何も出さない店もあります。なお、当谷津坂屋では、蕎麦の実を煎った「そば茶」をお出ししています。

注文してから、蕎麦が出てくる前に、お盆や箸、そば汁や薬味の類を先に出す店もあります。お茶の湯飲みからはじまり、一枚の蕎麦には実に多様な器が供されます。器は蕎麦を楽しむための重要な要素なのです。

特に「そば猪口」は、骨董品として収集する人も多い、昔から使われている器です。(年越そばの話参照)

そば猪口が殆ど同じ形を基に、色付け、大小、材質等で違いを出しているのに較べ、蕎麦を盛る蒸籠(せいろ)には、実にいろいろな形態があります。普通の蒸籠の他に、竹ざるを応用したもの、陶器にすだれを敷いたもの、漆器を利用したもの等、千差万別です。徳利、箸、小皿、お盆等、ひとつひとつ話は尽きないので、ここでは器を楽しみましょう、ということで次へ。

其の6.蕎麦の色、艶、太さを楽しむ。

ここでは、ざるそばを注文したものとして話を進めます。蕎麦が運ばれてきたら、まず、色、艶、太さといった見た目から、どんな味なのか、口の中でどんな世界を拡げてくれるのか、を想像して楽しみます。ちなみに色の黒い蕎麦がそば粉をたくさん使っているわけでなく、そばの実のどの部分を粉にしているかによって、色も違ってくるのです。太さは、「同じ太さの方が茹で時間が均一なので良い」、という人もいますし、「太さが違った方が固さにバラツキが出て、かえって食感がいいのだ」という人もいます。これも好き好きという所でしょうか。

其の7.食べ方を楽しむ。

まず海苔を避け、蕎麦だけを数本口に含みます。蕎麦そのものの味や固さ、喉ごしを確認します。噛みしめる程、そば粉自体の味がよく分かのも事実です。

そばつゆを徳利から半分程、猪口にそそぎ、舐めるがごとく口にし、味の濃淡を確認します。

また蕎麦を口に含み、二〜三回噛みしめてから、そこに汁を少し啜ってみます。蕎麦だけの味から、全く別のふくよかな味覚が口中に拡がるのは感動的でもあります。蕎麦を楽しむには、汁との相性が肝心です。

蕎麦を少なめに箸でとり、汁が濃い時は少しつけ、薄い場合はたっぷりつけて、音をたてて一気に啜ります。三〜四回噛んでるうちに、啜ったときの空気が鼻から出てくるはずです。この時こそ蕎麦の風味がよく分かる一瞬なのです。あまり長くクチャクチャ噛まずに飲み込みます。医学的には知りませんが、体験から言って、蕎麦の風味は喉の奥から鼻の奥の方で感じるようなのです。「啜る」という食べ方は、蕎麦を味わう為に、極めて理に適った食べ方であるようです。噛まずに喉に流し込む食べ方もありますが、これも好き好きです。

汁が薄くならないように注ぎ足しながら、薬味のネギを入れて味わい、更に山葵を入れて味わう、といったように、それぞれの汁の味の変化と蕎麦の味わいを楽しみます。薬味、山葵は汁に一度に入れないことが、楽しみを持続させる秘訣です。

其の8.粋な食べ方を楽しむ。

さて、蕎麦を食べる時の見た目の恰好も重要です。

見た目が悪く、他の人に不愉快な思いをさせるのは「犬食い」と言われる食べ方で、テーブルの上に置いた器に、顔を近づけて蕎麦を啜るという食べ方です。

粋で恰好いい食べ方は、片手にそば猪口を持ち、蕎麦を少しつまんで汁にちょこっと付け、一気に啜りこむ、というその行程が一定のリズムを感じさせる食べ方です。いかにも美味そうに、周りの人さえ幸せを感じさせてしまうように食べる人って、本当にいるんです。

自分が楽しむだけでなく、周りの人さえ楽しくさせてしまうようになれば、本物です。

其の9.のびた蕎麦を楽しむ。

そば粉の多い蕎麦は五〜六分で柔らかくなってきますので、その前に食べきるようにしたいものです。

でも、場合によっては、のびたような蕎麦も甘味が出て、ちぎりながら食べると酒の肴に最適、と言うマニアもいます。駅の立ち食い蕎麦も、あれはあれで美味しいのだ、と主張するそば好きもいます。

ここでも、人それぞれだなぁ、と納得し、楽しくなります。

其の10.そば湯を楽しむ。

食べ終わった猪口に残ったそば汁を、そば湯で割って飲むと、ダシのうま味がきわだち、とても美味しく最後まで楽しく召し上がれます。かけそばのような温かい蕎麦も、残った汁に蕎麦湯を足すと、いい味加減になって、最後の一滴まで美味しく飲むことができます。並木の藪蕎麦では、温かい蕎麦類にも、必ずそば湯を出してくれます。昼食時などの多忙時には、どうしてもタイミング的にそば湯にまで手が回らないことがあります。そんな時は、遠慮なくそば湯を注文するべきです。その方が、店としても助かるのです。

なお、そば湯の濃さは、度々釜の湯を変えていきますので、一定ではありません。うどんを茹でた後は、そば湯がしょっぱくなっています。

番外 支払いを楽しむ。

支払いの事を、お会計、お愛想、お勘定、等と言いますが、蕎麦屋ではお勘定と言うのが正しいそうです。

それぞれの言い方の意味、由来はちゃんとあるのですが、それはさておき、まあ、こ支払いの段階で「安かったぁ〜」と満足する為にも、上記の10のポイントをお忘れなく。

(楽しい支払い方法ってあるのかな?)

□ □ □ □

蕎麦が美味しい季節です。たった一枚のざるそばから、多くの楽しみが拡がります。お試し下さい。

最後にもう一つ逸話を

バブル絶頂期のグルメブームの頃、レボーターガさる高名な江戸っ子にどんな蕎麦が好きか聞いたところ、

「そらぁ何といっても、うどん粉がたっぷり入った横町のそば屋の蕎麦だなぁ。」

蕎麦は気軽に毎日楽しんで食べましょう。


谷津坂屋・橋本康二
tnetk@towntv.co.jp

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